第2回:商品のイノベーション ―「成熟社会はサービス経済化する。〜価格競争から価値競争〜」―(2018年5月11日)

2018年度啐啄同時は「共感の時代-信頼が資本になる社会-」をテーマに、新しい時代の価値観や企業に必要なイノベーション力について連載します。



第2回:商品のイノベーション ―「成熟社会はサービス経済化する。〜価格競争から価値競争〜」―

共感の時代におけるイノベーションをテーマにした連載、第1回となる前回は「組織のイノベーション」について考察し、地域益を守る「共同体」も、事業益を守る「機能集団」も、共にこれまでは「生命を守るシェルター」としての役割を担ってきましたが、これからは「孤独から仲間を守るシェルター」へと変化すべきという意見を述べました。

今回は、「商品のイノベーション」がテーマです。

日々膨大な商品が販売、消費されていますが、この売買の本質は「価値交換」です。100円で商品が売買されるとき、販売者は商品より100円の方が価値があると思い、購買者は商品の方が100円よりも値打ちがあると思うため、売買が成立します。さて、この場合の「商品の本当の価値」は100円よりも高いのでしょうか?安いのでしょうか?

販売者は、購買者の求める価値に感情移入し、購買者が欲しいものを提供する役割を担い、購買者はそれが自分の求める価値と合致したときに購入します。

つまり、「商品の価値」とは、購買者と販売者の「価値の均衡領域」であり、揺らいで変容するものということになります。その価値は、本当の意味では数値化は出来ないのです。たとえ市場調査によって市場ニーズを分析したとしても、それは過去の情報を顕在化した一時的なニーズでしかないのです。

我々人類は長らく、「飢餓や貧困からの解放」が社会のニーズの大部分を占める時代を生きてきました。人類は、食料が豊かな森林から出て暮らすことを選んだ時から、飢餓の恐怖と戦い、飢えるリスクを避けるために共同体をつくり、社会を発展させました。しかし、やがて格差が広がり、新たに貧困という恐怖が生まれたのです。幸せとは飢餓と貧困の恐怖から解放されることを意味し、その具現化は「物資的豊かさ」だったのです。

18世紀後半にイギリスから始まった産業革命は、大量生産を可能にし、人々の「物質的豊かさ」を満たすことに成功しました。それまでの「商品を欲しがる人と相対で価格交渉して売る」という商売から、人々が欲しがるものを安価供給して大量販売するモデルへと転換するビジネスモデル革命でもあったのです。これによって「商品の価値」は標準化され、適正価格という概念が広がりました。購買者と販売者の間で決定していた商品の価値が、先に適正価格として決められることで、生産者は価値競争ではなく価格競争に陥ったのです。急激な工業化により大量製造品の価格が安くなればなるほど、人々は「本当に欲しいものを買う」ことから「必要がなくても安いから購入する」ように変化する。この物質的豊かさ、貨幣的な損得を追求する暴力的といっても良い欲望の力が、大量生産大量消費の経済に拍車をかけ、人々の価値観そのものをコントロールしはじめたのです。

こうして物質的豊かさの追求に走った人類は、大量生産を可能にする為の「あてになる原料」と、エネルギー源、駆動力を求めることとなりました。「あてになる原料」とエネルギー源とは、すなわち地下資源です。そして駆動力は、出産や授乳時に仕事から離れなければならない女性よりも、その影響を受けにくい男性を。さらに生産現場で重要となる健康な運動機能や健全な思考能力を安定的に供給できない人間よりも、安定的な機械を。

工業社会こそが、人類の幸福の最大公約数である「物質的豊かさ」を満足させる産業基盤を作るものとされ、我々はこれを近代化と呼びました。近代は、人間と地球を人件費と原料と呼び、安定供給を絶対条件にして、プラントや仕組みが効率よく稼働し生産性をあげることを最優先にした社会です。その結果、物質的飢餓貧困は軽減出来たものの、地球環境を悪化させ、生物多様性を脅かすといった様々な社会問題が蔓延し、さらには「精神的飢餓貧困」が増加して、経済大国でも幸福大国にはならない状況を作ってしまったのです。

社会問題の一番の原因は「孤独」にあると、私は考えます。

貧困格差は、経済問題ですが、孤独は、社会問題です。

孤独をなくすためには関係性が重要となります。関係性の満足を重視すると、おのずと近代型の物質的満足を追求する経済活動は縮小します。これは社会基盤が大きく変化することを意味しています。市場を拡大し経済を発展させていく産業革命以降の方法では、孤独は解決できないのです。そう、これからは孤独の解放、すなわち関係性こそが一番の価値になる社会がやってくるのです。そしてこの社会において、我々は経済に振り回されることが無くなるのです。

約250年前に産業革命を興した英国が、今年、孤独担当大臣を設けました。

時代の流れが変わり始めたことを強く感じます。

市場にも変化が見られています。社会問題を社会ニーズと捉え、市場化する動きがあります。例えば、2015年に結ばれたパリ協定やEU委員会によるサキュラー・エコノミーへの移行です。

EUの成長戦略の枠組みとして採択された「サーキュラー・エコノミー・パッケージ」では、

  • 2030年までに、加盟国各自治体の廃棄物の65%をリサイクルする
  • 2030年までに、包装廃棄物の75%をリサイクルする
  • 2030年までに、すべての種類の埋め立て廃棄量を最大10%削減する


という数値目標を掲げています。企業活動が社会ニーズに寄与する流れが加速することは、容易に想像出来ます。購買者の購買動機も、物質的満足を満たすことから、人生の価値観やライフスタイル(人生・生命・生活)に見合うかどうかに変化しつつあります。これは、社会的行動動機を主とする経済活動が始まったということに他なりません。

このような社会の流れの要因には以下が挙げられます。

  1. 先進国における少子化・高齢化による消費社会の変化
  2. 物質的欲求が満たされ飽和することによる所有動機の変化
  3. 不確実性が高まる社会における本質的な価値感の変化
  4. 情報技術の発達によるサービスの高度化という変化
  5. 購買動機の変化に伴うサービス・商品の提供スタイルの変化

 (個々での商品サービス提供から、購買者のライフスタイルを豊かにするトータルソリューションサービスの提供へ)

こういった流れの中で、これから社会は、第三次産業の就業者が増え、GDPに占める第三次産業の割合が多くなり、消費活動もソリューション関連への支出が多くなることでしょう。

ちなみに現在の日本のGDPでは、第二次産業の割合は27%ほどで、ソリューションサービス化している第三次産業は70%を超えると言われています。

物質的満足の飽和した現代社会において、人は「孤独の寂しさを紛らわす」ことを求めています。従来の企業活動(場当たり的な一過性の商品の氾濫を繰り返す拡大再生産的な持続可能な経営)は、今後不可能になっていくことでしょう。現代社会は、社会問題の一番の原因である「孤独」を解放する商品やサービスを求めているのです。

そう、「商品の価値」が、今再び変容し始めているのです。
「物質的豊かさ」という価値観から、精神的飢餓を解放する「関係性の豊かさ」という価値観へ。

ここで一つ、「関係性の豊かさ」を表した商品をご紹介したいと思います。

栃木県の那須の山奥にある「森林ノ牧場」。

この会社は、牧場という仕事を通じて『田舎での暮らしを作る』ことに挑戦しています。

過疎化が進み、田舎での生活ができなくなるという社会問題。この問題を、牧場を通じて、人と人・人と自然のつながりを作り、生活の基盤となる仕事を生み出すことで解決しようとしているのです。

また、日本は国土の7割が森林ですが、そのうちの4割が人工林です。そのほとんどが手入れされず放置され荒廃が進んでいます。この放置されていた自然の中に、ジャージー牛を放牧し、牛が餌として草木を食べることで、手入れが行き届き、自然はますます豊かになる。牛の乳からソフトクリームや牛乳をつくり、乳牛としての一生を終えたお肉でできたミートソースなどを商品として提供する。自然を資本と捉え、それを元手とし、価値を次々と生み出しているのです。

購買者は、牧場に訪れ、牛や自然・人に触れることで、五感でその価値を感じ、森林ノ牧場の事業活動に共感し、商品を通じて自然・人との「関係性」を得るのです。
これはまさに、「関係性の豊かさ」という価値観が表現された商品といえるでしょう。

これからの企業の大きなテーマは、消費社会に大量に均一な価値提供をすることから、「関係性」という変容する商品の価値をどう確実化するか?という点になります。従来の市場ニーズを分析して商品価値を上げる企業活動から、顕在化されていない社会ニーズを分析して企業価値を上げる企業活動が求められるでしょう。

SDGsやESGと言ったステークホルダーへの信頼を得る流れもあり、商品をPUSH型で消費行動を煽り販売する時代から、企業価値を高めPULL型で購買行動を深め購入してもらう時代になっていくのです。持続可能な企業経営の為には、今まで競争優位を保ってきた商品を個々に提供するのではなく、購買者の深層心理に寄り添い、課題を見出して解決するサービスを提供する必要があります。つまり、トータルソリューションサービス化です。そのためには、単純な物販やサービスの大量販売というビジネスモデルから、産業活動や消費活動に必要な情報や資源をプラットホーム化したビジネスモデルを構築しなければなりません。既存事業のコアコンピタンス(競合他社に真似できない核となる能力)を未来のトータルソリューションサービス化に向けて、「競争領域」と「協調領域」にリデザインする必要があるのです。

競争領域では、模倣不能性を高める為、既存情報を整理しプラットホーム化する設計が必要になります。プラットホーム化し情報を握ることができれば、その分野での先駆者になれます。協調領域では、「顕在化されていない社会ニーズを満たす」という旗のもと、違う分野で活躍する企業がお互いに協力・連携し合うことで、思わぬ新たな価値が生まれ、増幅していくのです。

さらにIoTやブロックチェーンなどの情報技術を用いてビックデータを活用し、流通や生産の適正化を組込むことによって、この二つの領域はどんどんイノベーションと価値増幅を繰り返し、購買者のライフスタイルを豊かにするトータルソリューションサービスを提供できるようになっていくのです。

今、購買者は商品そのものの価値よりも、背景にある物語や提供企業そのものに価値を見出すように変わりつつあります。その物語や企業価値に自分を投影することができるか、共感できるかどうか、そこが重要になってきているのです。分かりやすい例でいうと、流行に左右されて、毎年安価な衣服を使い捨てるように買い替えるよりも、自分が共感する生き様が格好いいデザイナーの作品や社会性のあるビジョナリーなブランドの服を長く大切に着るほうが格好いい、自分らしいという価値観を持つ人が増えつつあります。だからこそ、企業は「応援される、共感されるビジョン」を持ち、そのビジョンに反しない、企業価値を具現化した「商品・サービス」を世に送り出すことが求められるのです。価格競争から価値競争へ。商品価値から企業価値へ。

商品は、人の購買動機を変え、やがては社会を変えていく力を持ちます。「顕在化されていない社会ニーズ」を満たす「関係性」を価値観に持つ商品を生み出し提供することこそが、企業ができる不確実な未来に向けた、より現実的で具体的な解決策だと思うのです。企業価値の向上、それは商品のイノベーションによって成しえるものなのです。

2018年5月11日
アミタホールディングス株式会社
代表取締役会長兼社長 熊野英介




「啐啄同時」に対するご意見・ご感想をお待ちしております。
下記フォームにて、皆様からのメッセージをお寄せください。
https://business.form-mailer.jp/fms/dddf219557820

会長メッセージ


amita15.jpg

※2013年3月11日より、会長・熊野の思考と哲学を綴った『思考するカンパニー』(増補版)が、電子書籍で公開されています。ぜひ、ご覧ください。

※啐啄同時(そったくどうじ)とは

 鳥の卵が孵化するときに、雛が内側から殻をつつくことを「啐(そつ)」といい、これに応じて、母鳥が外から殻をつついて助けることを「啄(たく)」という。 雛と母鳥が力を合わせ、卵の殻を破り誕生となる。この共同作業を啐啄といい、転じて「機を得て両者が応じあうこと」、「逸してはならない好機」を意味する ようになった。

 このコラムの名称は、未来の子どもたちの尊厳を守るという意思を持って未来から現代に向けて私たちが「啐」をし、現代から未来に向けて志ある社会が「啄」をすることで、持続可能社会が実現される、ということを表現しています。