第6回「第二の公」-持続可能社会の運営システム-(2017年11月13日)

2017年度啐啄同時は「新しい時代~innovation3.0~」をテーマに、近代の時代背景を紐解きながら、新しい時代を切り拓くために必要な「イノベーション力」について連載します。



第6回「第二の公」-持続可能社会の運営システム-

本連載もいよいよ最終回。今回は、第5回で提案した『自立型自治共同体』について深堀するとともに、その実現に必要な社会の仕組み、「第二の公」についてお話しします。

さて、最近北朝鮮やアメリカ、中国など諸外国のニュースがよく話題になります。どの国も、そして日本も、いかに自国の権利を守るか、経済を発展させるかを競い合い、血眼になって他者より少しでも優位に立とうとしています。

では、この力技の物質文明の延長線上に、どんな未来が待っているのでしょうか?

資源・エネルギー・食料を武力や政治力で奪い合う新しい帝国主義の社会か?それとも、国家がIoTを駆使した分配システムを作り、地球全体の資源・エネルギー・食料を適正分配する、究極の管理社会か?

私は、どちらにもNO!と言います。

人間は、物質的に恵まれても、精神的安心に恵まれないと真の幸福感を獲得出来ない生き物です。人は、人との関係性や自然との関わりなしに、満たされることは無いのです。危険から身を守るために社会性をつかさどる前頭葉を発達させてきた人類にとって、孤独は最大の恐怖であり、不幸です。それは、長い人類の歴史によってすでに証明されています。自国の利益だけを優先させても、経済発展だけを追いかけても、軍事力を強化させて威嚇しあっても、人々は幸せにはなれません。ただむなしさに囚われ、孤独が蔓延していくだけです。今こそ、「第三の道」が必要なのです。

私は、持続可能な未来の構築には、現在の社会課題の根本ともいえるこの孤独、言い換えれば「精神的な飢餓貧困」を解決することが必須だと考えています。

具体的には、

  1. 超高齢社会における高齢者の駆動力化→ 高齢者による社会への価値創出
  2. 制約条件下における豊かさの追求→資源・エネルギー・食料の不安からの解放
  3. 税収低減による社会保障の劣化に対する対処→自治力向上システム

この3施策が、新たな時代の土台となると考えます。

これからの人間活動は、ハーマン・E.デイリーが唱える「物質とエネルギーのスループットの持続可能な限界」を定義する3つの条件、
「再生可能な資源の持続可能な利用速度は、その資源の再生速度を超えてはならない」
「再生不可能な資源の持続可能な利用速度は、再生可能な資源を持続可能なペースで利用することで代用できる速度を超えてはならない」
「汚染物質の持続可能な排出速度は、環境がそうした汚染物質を循環し、吸収し、無害化できる速度を上回ってはならない」
を満たし、なおかつ「環境破壊につながらない・生物多様性破壊につながらない・人権侵害につながらない・難民発生につながらない・経済格差助長につながらない」ということを念頭に置く必要があります。その上で、「人間の安全保障(欠乏からの自由、恐怖からの自由、尊厳ある人間生活)」を実現する。
これが、私が目指す「第三の道」です。

その成立条件は、第5回でも述べたように、

  • 人間が豊かな関係性を認識できる、適正な社会範囲の設定
  • 適正な社会範囲の共同体において、同調圧力による排他性や、個々人の創造性・想像力といった個人の自由度を制限する動きが起きないための仕組みの構築
  • 人間や自然を経費として消耗する工業システムを最小限にする、価値生産の仕組みの構築
  • 相互扶助によって社会共通資本を構築し、自治力を向上させる仕組みの構築

であると考えています。

つまり、「自立型自治共同体」がネットワーク化された社会です。

この「自立型自治共同体」の一つの特徴として、市民の持つ自由意志によって購買行動や出資・投資が行われるということがあります。ここで重要なのは、この社会における購買動機や出資・投資動機が、個人欲求に基づく経済的動機性ではなく、社会的動機性(生態系の保全や人のつながりなど)が主になっているということです。「どうせ買うなら1円でも安いものを」ではなく「どうせ買うなら自然の保護や人道支援につながる商品を買おう」という購買が主流になれば、投票活動よりも早く、さらに持続的に市民が社会を変えていくことが出来ます。さらに、民が地域の社会共通資本(共同で運営する畑や共同出資による託児所など)に出資し、自分たちで運用するようになれば、国に依存しない生活が実現します。

こうした、民が自らの手で自治力を向上させ、政治力に頼りきらない「民主資本主義」とも呼ぶべき社会を確立することで、人々が消費活動を行うほど、社会が持続可能になり、また現在のスケールメリット重視の「量の経済」から、限定された範囲(地域)での価値増幅が行われるスコープメリット重視の「質の経済」にシフトしていくことでしょう。一般に、経済範囲が広くなればなるほど、多くの人に受け入れられるもの、多くの人に一度に大量に届けられるものを求められるため、商品サービスは画一化し、その個性を失います。グローバル化はその最たるものです。逆に、スコープメリット重視の経済となれば、地域特性を打ち出した多様な商品が次々と生まれ、それがインターネットを通じて「どうせなら社会に良いものを。その土地ならではの良さを味わえるものを。」という価値観の人々の目に留まり、地域を越えた健全な価値競争が加速していきます。

「自立型自治共同体」のイメージが少しでも伝わりましたでしょうか?この、人間と自然が資本として扱われる「自立型自治共同体」がネットワーク化された社会では、人々は一番の不幸である孤独から解放され、さらに国に依存しすぎることで発生する各種の不安からも解き放たれます。さらに自然資本の重要性に気付いた彼らの哲学は、近代文明の「人間の尊厳を守る」を超える「生命の尊厳を守る」へと変化し、「人間の安全保障」から「生命の安全保障」を満たす社会を求めるようになるでしょう。

そして、これまで価値とされてきた効率性や利便性は、IoTやAIによって満たされるため、人々は、AIには生み出すことが難しい「人ならではの価値」を生み出すことに満足感を得るようになります。私は、その価値は「感動」だと考えています。誰かと何かを分かち合う喜び、弱いものに寄り添う共感性、理屈抜きで魂が震えるような心の衝動...。今後、人による生産活動は、ITを駆使して情報や知識、知恵を狩猟採取し、感動という価値の創造に重きを置いていくのではないでしょうか。

こうした生産者の手によって、人々の社会的行動動機に応える社会性の高い商品やサービスが次々と生まれる様になれば、コスト競争ではない、価値競争による市場経済=「心産業―Mindustry(マインダストリー)※5章参照」が発展していくことでしょう。

宮城県南三陸町では、すでにこの「心産業―Mindustry(マインダストリー)」の兆候が見られます。

同町の資源循環の取り組みでは、住民自ら家庭ごみを完全分別し、分別された生ごみやし尿汚泥をバイオガス施設で液体肥料とエネルギーに資源化することで、焼却処理や下水処理を最小限に抑えた省エネルギー化や資源の域内再利用が可能となり、地域の自立に寄与しています。さらに、資源循環を向上促進させる取り組みとして、液体肥料を活用した作物栽培や分別精度を上げる啓蒙活動等が住民主体で始まっています。そのモチベーションは、この取り組みを通じて多くの仲間とつながっているという充足感・幸福感であり、また自ら地域の未来に貢献しているという社会貢献欲求です。同町ではこういった価値の増幅という現象が起こっているのです。

AIが、このような一見不確実な人の社会貢献欲求や充足感に頼った地域循環のモデルを設計することは困難でしょう。一般的な効率と正確性を求めるならば、ITを駆使して分別も処理も自動化したほうがいいという演算結果を出してくるでしょう。南三陸町で起きているような「価値生産」を設計し実現できるのは、人間が人間であるがゆえです。

さらに、事業家が考えるべきは、人口動態の変化に伴うビジネスモデルの変化です。

「成長の限界」の著者の一人であるヨルゲン・ランダース氏が述べているように「世界の人口動態は、2050年ごろから定常状態になるであろう。そして、制約条件の顕在化は2025年頃からになる。」と想定されています。

一方で、日本は、2008年から人口はピークを過ぎ、減少が進んでいます。敗戦から約60年で5500万人が増加し、後の40年で2600万人が減り、2050年には高齢化率が約40%に近づくという、かつてない人口動態の大変化を我々は経験するのです。

このように急速に縮小する市場で安定した収益を確保するには、産業活動の軸を売上志向から仕入志向にシフトさせ、仕入単価を縮小していく必要があります。しかし、単純にコストカットをするだけでは、当然パフォーマンスが下がります。そこで重要になるのが、オープンイノベーションと言われるオープンリソースの活用です。「社会的動機性(人や社会の役に立ちたい、人とつながりたいなどの相互扶助の意識)」に基づくオープンリソースを活用することは、経営資源である人、モノ、金、情報に新たに「信頼」が加わることを意味します。
第一線を退いたシニア層の持つ豊富な知識、知見を、若い世代がITを駆使して「ちょっと仕事」として提供してもらう。あるいは、人に役立つ情報を個々人が遊び感覚で提供することで、ビックデータが構築され、社会に必要な予知ができるようになる。こうした、Win-Winとなる人的リソースの活用方法は、まだ事例として多くはないですが、近い将来、社会のスタンダードになっていくのではないでしょうか。

さらに今、放置林や耕作放棄地、空き家の問題が顕在化しているように、縮小する市場では、使う人を失った余剰の土地や財が発生します。これからは、商業施設や物流施設、製造プラントのラインや社会インフラといった大型設備にも、役目を終えるものが増えてくるでしょう。これらの未活用施設に新たな役目を与える事業プロデュースが実現すれば、設備投資を最小限に抑えることが出来ます。すでに、Airbnb(エアービーアンドビー)やUber(ウーバー)などシェアビジネスと呼ばれるビジネスモデルが社会にインパクトを与えています。

このような産業活動に必要な経営資源が「信頼」です。

第三の道「持続可能な社会」を実現するビジネスは、信頼資本のもとに成立すると私は考えます。ここでの「信頼」とは、人々の関係性に基づく「共感」を基礎にするもので、ときに社会的ルールや慣習を超越するほどの影響力を持つものです。「信頼」は工業社会の経営資源のように、数値化することは出来ません。しかし、社会に与える影響として、アウトカムでは数値化が可能な「価値・資源」なので、今後はサステナブル経営の指標として体系化され、社会システムを構築する重要資本の一つとなるでしょう。

信頼資本が力を持つ民主資本主義社会において、「心産業―Mindustry(マインダストリー)」を経済形態とする「自立型自治共同体」のネットワークを構築できれば、法律では解決できない地球環境問題や世界平和問題も、きっと解決出来るはずです。

このような持続可能な社会の運営体制を、私は「第二の公」と呼んでいます。

ブロックチェーンやビットコインの登場により、国はこれまで手中にしていた情報や権利を独占できなくなり、その統率力は今後ますます弱まっていくと考えられます。同時に「自立型自治共同体」ネットワークが発展し、それぞれの自治力が強くなるでしょう。「第二の公」は、このネットワークやそれぞれの「自立型自治共同体」がもつ社会共通資本の管理を行う企業連合を指しています。この企業連合の設計にも重要なポイントがあります。企業と表現はしていますが、企業が担うのはプロデュース機能であり、実際の管理運営は、前述した「社会的動機性」に基づいたオープンリソースの人々です。こうすることで、企業は自社単独の利益確保に走らず、地域の人と自然が豊かになるために必要なことはなにか?を判断軸に、事業運営を行うことになります。こうした、社会的動機性に基づく人々を民間企業がプロデュースして行う自治が各地に広まり、ネットワーク化されれば、なんらかの理由で一つの企業連合が機能不全に陥っても、周辺の企業連合がサポートに入ることが可能となります。

これが、私が構想する、国や政治に依存しない、「第二の公」による真の持続可能な社会の運営形態です。

異論反論含め、様々なご意見があることと思いますので、ぜひ、忌憚ないご感想をお寄せいただけましたら幸いです。

狩猟採集社会に始まり、中世の共同社会、そして近代の工業的システム社会を経た今、幸福を追求し続けた人類に残された「第三の道」。
それは、自然の営みからかけ離れた人間が、もう一度生態系に融合する「エコシステム」を科学し、真に持続可能な社会を構築するための道であり、次の時代につながる道であると、私は信じています。

2017年11月13日
アミタホールディングス株式会社
代表取締役会長兼社長 熊野英介




「啐啄同時」に対するご意見・ご感想をお待ちしております。
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会長メッセージ


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※2013年3月11日より、会長・熊野の思考と哲学を綴った『思考するカンパニー』(増補版)が、電子書籍で公開されています。ぜひ、ご覧ください。

※啐啄同時(そったくどうじ)とは

 鳥の卵が孵化するときに、雛が内側から殻をつつくことを「啐(そつ)」といい、これに応じて、母鳥が外から殻をつついて助けることを「啄(たく)」という。 雛と母鳥が力を合わせ、卵の殻を破り誕生となる。この共同作業を啐啄といい、転じて「機を得て両者が応じあうこと」、「逸してはならない好機」を意味する ようになった。

 このコラムの名称は、未来の子どもたちの尊厳を守るという意思を持って未来から現代に向けて私たちが「啐」をし、現代から未来に向けて志ある社会が「啄」をすることで、持続可能社会が実現される、ということを表現しています。