第1回:組織のイノベーション -「生命維持機能」から「孤独の追放」へ -(2018年3月12日)

2018年度啐啄同時は「共感の時代-信頼が資本になる社会-」をテーマに、新しい時代の価値観や企業に必要なイノベーション力について連載します。



第1回:組織のイノベーション -「生命維持機能」から「孤独の追放」へ -

組織は何のためにある?

ここ数年、アミタは出産ラッシュが続いています。若い従業員が徐々に親の顔になっていくのを見るのは、私にとっても嬉しく、また頼もしいものです。ところで、知能が発達して頭が大きくなった人間は、母体の負担を軽減するために未成熟な状態で胎児を出産します。そして、赤ん坊を自然環境や外敵から守るために社会の中で育てていく仕組み、すなわち他の家族と協力して共同体をつくり、やがてそれらが集まり社会を形成することで、進化を遂げてきました。

つまり、人類は「生命を守るシェルター」として、共同体を組織化していったのです。

共同体という、相互扶助によるセーフティーネットを形成することで、大小さまざまな脅威を乗り越え、解消し続けてきた人類は、生命を脅かす飢餓貧困の恐怖から逃れるため、17世紀に産業革命を起こし、ついに爆発的な物質的満足を手に入れました。

しかし、尽きることのない消費欲求や個人主義の蔓延によって、今、一部の先進国では「衣食住足りても不幸になる」という、人類史上初めての精神的飢餓貧困が起きています。日本においても、毎年3万人前後が自死を選び、またいじめや引きこもり、孤独死と言った社会課題が深刻化しています。

そう、これから我々の社会を豊かにしていくためには、組織というものを従来の「生命を守るシェルター」ではなく、「孤独から守るシェルター」へと変革していく必要があるのです。

組織はなぜ劣化するのか?

もう少し、詳しく掘り下げていきましょう。

組織には、地域益を守ってきた「共同体」と事業益を守ってきた「機能集団」の2つの面があります。
このどちらもが、これまで「所有と消費の最大化=幸福の獲得」としてきました。なぜなら飢餓貧困からの解放こそが組織の最大目的だったからです。所有と消費の最大化は、「生命を守るシェルター」として組織の発展を測る基準となりました。

しかし、発展すればするほど消費欲と所有欲が拡大する社会においては、個人もその欲求に忠実な生き方をすることが健全とみなされ、経済的成功こそが人生における成功である、という価値観が広がりました。その結果、個人や地域における格差が広がり、地域益を守ってきた「共同体」の結束力が劣化することとなりました。

そして今では、多くの地域で過疎化が進み、相互扶助の関係性がどんどん希薄化し、本来守らなければならない森里川海といった自然資本までもが劣化してしまうという負の連鎖が起きています。

一方、「機能集団」である株式会社や組合においても、同じことが起こっています。

1919年にアメリカのミシガン州で「事業会社は株主の利益を最優先する目的で設立され、事業を行う。経営陣の権力は、その目的のために行使されるべきである(ドッジ対フォード判決)。」という株主を最優先する考えが生まれましたが、日本では長く「売り手よし、買い手よし、世間よし」という『三方よし』の精神のもと(今で言うステークホルダー経営)で、戦後の復興と高度成長を実現し、さらに世界屈指の省エネ技術で1990年ごろまでの間、世界経済を牽引してきました。

しかし、バブル経済が収束し、さらに実体経済より金融経済が世界経済を牽引していくのに合わせて、日本型経営の「三方よし(ステークホルダー経営)」は時流遅れとなり、アメリカ流の経済学として、マネタリズムと呼ばれる新自由主義が日本を席巻しました。特に、1997年のアジア金融危機以降は、護送船団方式※1と言われた日本の金融機関体制も崩壊して、企業価値を金額に換算する株式会社の商品化が進み、日本型経営の良いところであった仲間意識や帰属意識が希薄化していきました。さらに個人能力主義を採用することにより、事業益も数値化できるものだけが評価されることになり、仲間との共感性や顧客との信頼性や経営の情熱性などという、無形の美点も薄れていってしまいました。

その結果、事業会社は利潤動機を増幅するだけの存在へと変化していきました。能力主義の名のもとで、能力を思うように発揮出来ない個人は集団の中で居場所を失い、自身の能力に恃む個人は自身の能力をより高く買う企業を選ぶようになり、人々の流動性がどんどん高くなりました。職場における人間関係資本が劣化したことで、孤独がより広がることとなったのです。また、集団そのものの拡大により、結束力が弱まり、名だたる大企業であっても事業益を守れなくなる事例が生じています。

※1 護送船団方式:経営体力・競争力に最も欠ける事業者(企業)が落伍することなく存続していけるよう、監督官庁がその許認可権限などを駆使して業界全体をコントロールしていくこと

孤独から仲間を守る「ステークホルダー経営」

ではこのような負の連鎖を断ち切り、発展すればするほど人間関係資本と自然資本が増加するような、真の地域益、真の事業益の増幅を叶えるには、どうすればいいのでしょうか?

ここまで見てきたように、地域や企業が経済的欲求の獲得によって自らの生命を守ろうとした結果、社会に精神的飢餓貧困が広がってしまいました。経済的格差が広がることで社会から希望が失われていき、さらに孤独が増幅することで、例え物質的に満たされたとしても幸福感を得る事が難しくなったのです。

もう一度、人類が希望を持ち、生きる意味を噛み締め、存在を肯定し、自らの可能性を信じ、仲間の可能性を信じ、希望を形にすることで幸福感を獲得することができる、そんな組織を構築する必要があります。冒頭に述べたように「生命を守るシェルター」としてではなく「孤独から守るシェルター」としての役割を担う組織が求められているのです。そのためには「感動を共有する組織づくり」というイノベーションが必要だと私は考えます。

嬉しいことにここ最近、事業は、徐々に本来のカンパニー(仲間)に戻りつつあると感じています。

2015年に締結されたパリ協定と持続可能な開発目標(SDGs)は、ほとんどの国連加盟国が採択しており、目標にしています。これはストックホルダー経営からステークホルダー経営へと移行し、数値化だけを重んじる理論から、自己革新能力を引き出すケイパビリティ(企業成長の原動力となる組織的能力や強み)を重んじる知識ベース企業理論(人間の創造性やダイナミズムを重視した企業理論。戦略は未来創造でありその根幹となるのが知識だとする考え方)になっていく予兆ともいえます。

ステークホルダー経営を行うには、顧客や社員、取引先、地元住民、資源供給元となる地域などとの信頼関係が絶対条件になります。互いの信頼関係が深まることで、機能集団の仲間意識や帰属意識が高まり、その関係性が豊かになればなるほど、個人(仲間)の可能性を信じることが出来ます。また、地元住民やバリューチェーンに関わる地域と良関係を築き、彼らの持続性向上に貢献することは、すなわちその地域の自然保全にもつながっていくことでしょう。ステークホルダー経営こそが、事業が拡大すればするほど自然資本と人間関係資本が良くなる経営の在り方であり、自社だけでなく社会全体の持続性に寄与し、長期視点で将来にわたる真の事業益を守る事で、その企業はステークホルダーにとって「孤独から自らと仲間を守るシェルター」になり得ると思うのです。

ならば、地域も森里川海といった自然資本の劣化を食い止め、さらに相互扶助の関係が希釈化した人間関係資本も、持続的に増幅させていくことを考えなければなりません。その中心には、従来の中央集権的社会システムでなく、「孤独から守るシェルター」としての地域益を生み出す社会システムを据える必要があります。地域の人々が関与する機能集団の株式会社や協同組合という、「事業による駆動力」を利用し、真の地域益の増幅を果たすことが重要になるのです。

結論として、真の地域益を増幅する駆動力は、真の事業益を増幅する機能集団の組織力が大きな影響を与えることになるでしょう。つまり、真の機能集団である株式会社や協同組合やNPOやNGOなどの組織イノベーションの総和が、地域益の全体を超え、その地域ポテンシャルの総和が国益の全体を超え、その国のポテンシャルの総和がやがて地球益の全体を超えるようになるという設計です。これこそが、持続可能社会の進化のエネルギーになると思うのです。

繰り返しになりますが、組織イノベーションの核は、真の事業益を増幅させるためのステークホルダー経営です。人間の可能性を信じ、まだ見ぬ不確かな未来を、より具体的に、より現実的に形に出来る知識ベース企業理論に基づくケイパビリティ経営を行う事で、機能集団はより進化する持続的共同体になるでしょう。

長寿社会において、血縁や地縁より関係性の多様性が発生する職縁によって社会関係性を充実させる事は、自己肯定感を充足し、孤独からの解放につながります。そして、自然と人間は「経費」ではなく「資本」になり資産化していくことで、感動の共感性が発生する可能性も高まる社会になっていくと考えます。

新たな「組織の目的」とは?

新しい時代の新しい組織とは、どのような組織体であろうと、その目的は「自然資本と人間関係資本の豊かな関係性の増幅を目指す事」だと、私は思います。人は地域の共同体や事業の機能集団のために貢献することで、信頼できる仲間を得、個人としての自己肯定感を充足させる。組織は説明を省けるような共感性を得られる価値共有を行うことで、ステークホルダーの支持を得る。これによって、人間本来の社会性が顕在化し、人間性に富んだ社会活動が波及するのではないかと考えるのです。人間性が感じられる範囲の小さなサークルやユニットの全てが全ての組織とつながり、影響し合えるネットワーク型の組織集団になっていくのです。

新たな組織に求められる個人の評価軸

最後に、自然資本と人間関係資本の豊かな関係性の増幅を目的とする新たな組織における個人の評価軸について考えてみます。こうした組織において最も重要となる能力は、相互扶助の関係の中で真の自立を獲得する力です。私はこれを「自己拡張力」と呼んでいます。「自己拡張力」とは、他者に感情移入して自らとを融合することで、自身の可能性や思考、哲学を広げていく能力を言います。互いに受入れ、強み弱みを補い合い、多くの他者と依存しあうことで、何かのリスクに直面しても自らと仲間を守ることが出来るのです。これが本当の自立です。人に迷惑をかけず一人で生きていこうとすることが自立ではありません。この「自己拡張」の対義語が「自我拡張」です。自分を見てほしい、自分を受けて入れてほしい、と一方的に自我を押し付け、他者をコントロールしようとする。この自分の強さを誇示する「自我拡張」は、周囲との関係性に満たされない精神的飢餓貧困、すなわち孤独によって強化され、さらなる孤独を生み出します。組織における個人の評価軸を「自己拡張力」に据えることは、社会から近代的な個人主義を脱色し、共感主義を広めていくことに繋がるのです。

新しい時代をつくる新しい組織は、安心を確保するための監視モデルでもなく、近代的機能体の信用を確保するための契約モデルでもなく、その二つのモデルに学んだ、信頼を確保するための「共感モデル」で構築されていなければなりません。

「経済」のパラダイムシフトが起きている、現代。
今こそ、組織のイノベーションが必要なのです。

2018年3月12日
アミタホールディングス株式会社
代表取締役会長兼社長 熊野英介




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会長メッセージ


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※2013年3月11日より、会長・熊野の思考と哲学を綴った『思考するカンパニー』(増補版)が、電子書籍で公開されています。ぜひ、ご覧ください。

※啐啄同時(そったくどうじ)とは

 鳥の卵が孵化するときに、雛が内側から殻をつつくことを「啐(そつ)」といい、これに応じて、母鳥が外から殻をつついて助けることを「啄(たく)」という。 雛と母鳥が力を合わせ、卵の殻を破り誕生となる。この共同作業を啐啄といい、転じて「機を得て両者が応じあうこと」、「逸してはならない好機」を意味する ようになった。

 このコラムの名称は、未来の子どもたちの尊厳を守るという意思を持って未来から現代に向けて私たちが「啐」をし、現代から未来に向けて志ある社会が「啄」をすることで、持続可能社会が実現される、ということを表現しています。