理想社会へのトランジション・ストラテジー(移行戦略)【前編】

気候変動、戦争、資源枯渇、孤独のまん延...我々の前に立ちはだかる数多の社会課題。これらを統合的に解決するためのこれからの資本主義、民主主義とは何か?
そしてその先にある理想の社会とは?
『人新世の「資本論」』のご著者で経済思想家の斎藤幸平先生と熊野が、理想社会へのトランジション・ストラテジー(移行戦略)について語り合いました。(対談日:2022年5月16日)

日本の近代民主主義

熊野:斎藤先生のご著書に「SDGsは大衆のアヘン」という言葉がありますね。確かに、大量生産・大量廃棄されるエコバッグのような、SDGsウォッシュともいえる本末転倒な取り組みも多くみられますが、SDGsの正式文書名には「Transforming Our World(我々の世界を変革する)」とあります。私はこの「世界を変革する」ことが今本当に必要だと感じています。しかし、実際にどれだけの人が、世界は変えられるんだ!という希望をもって行動しているのかは疑問です。今こそ、我々一人ひとりが理想社会に向けて価値観を、行動を、変化させていく必要があります。本日は、現代日本人の価値観の土台にもなっている近代民主主義と資本主義について、そして理想社会へのトランジション・ストラテジー、すなわち移行戦略について、斎藤先生と熱く議論してみたいと思います。

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熊野:さっそくですが、斎藤先生は日本で"民主主義"が成り立っていると思われますか?日本をはじめ、先進国の政治体制は議会制民主主義を導入していますよね。それは民意が反映されるような仕組みに果たしてなっているのでしょうか。例えば、極端な話しですが、日本でいえば選挙に全国民が参加した場合、人口割合的にシニア世代の最適解が生まれてしまうわけですよね。若者の希望はなかなか多数決に反映されないという現実があると思うんです。それって、民主主義が成り立っているといえるのでしょうか?

斎藤先生:正直、現代の民主主義は様々なところで機能不全に陥っています。それは偶然ではなく、投票の裏で起きている大企業の動きなどが大きく関係していると思うんです。縁故資本主義という言葉がありますが、大企業や超富裕層がコネや寄付金を使って、自分達の意向や利害関心が反映される仕組みに変えられてきてしまった。
 そして今、労働者階級や若者たちは「自分たちは見捨てられている」と失望していて、不満を抱えている人も多い。もちろん、これは危機的状況ではあるけれど、それをどのようにして、新たな政治や経済社会をつくるチャンスにできるかを考える必要があります。
 『人新世の「資本論」』でも述べていますが、民主主義を刷新することは非常に重要です。民主主義は選挙だけではありません。市民が主体的に参画できる民主主義の領域が拡張すれば、理想社会に向けた議論が活発化するはずです。例えば、岐阜県の石徹白集落では、市民が市議会に働きかけ、自ら出資したお金で小水力発電を導入し、地産地消の再エネを始めています。収益は自分たちの暮らしをよりよくするために使用することができ、地域に関心を寄せるきっかけにもなります。

熊野:仰る通り、今の民主主義は十分に機能しているとは言い難いですが、市民起点の動きも確かにありますね。一方の経済体制の根本にある資本主義についてもお伺いしたいのですが、斎藤先生は地球を破壊している根本の原因は"資本主義"であると主張されていますよね。その"資本主義"に潜む問題をどうお考えでしょうか?なぜ資本主義を捨てて、脱成長に向かう必要があるのでしょう。

気候危機の要因である"資本主義"とは?なぜ今、価値観の転換が必要なのか

斎藤先生:グローバル資本主義は人々の生活を豊かに、そして民主的にしていくものだという考えに基づいて、この30年間、世界は突き進んできました。しかしこの10年、利益追求型の資本主義の歪みが、格差やパンデミック、気候変動といった様々な形で表れている。もちろん一つ一つの原因を詳しく見ていけば色んな見方があるとは思いますが、少なくとも約束されていた未来からは裏切られたという気持ちを持っている人が多いのではないか。『人新世の「資本論」』が日本で多く読まれているのも、SDGsやグローバル化で人々が豊かになるという耳障りの良いシナリオに対して疑問を持つ人が増えてきたひとつの証拠だと思います。

熊野:2015年にイングランド銀行のマーク・カーニー総裁は、気候変動が金融の安定に対して大きなリスクをもたらすことを「ホライゾンの悲劇」と呼び、2020年には、国際決済銀行とフランス銀行が気候変動による「グリーンスワン・レポート」でグローバル金融危機について警告しています。このレポートでは、金融危機に陥るだけでなく、環境・社会へも複雑な連鎖反応が起こる可能性があることを示唆しています。
これらを受けて、西洋社会はESGを方法論として産業を変革しようと熱心に取り組んでいます。その影響を日本も徐々に受けていますが、私はそれを修正資本主義と捉えています。ESGも根本から資本主義を変えられるものではなく、修正に留まるのではないかと。冒頭のエコバッグもそうですが、ESG商品の大量生産・大量消費、売れ残りはESGといえるのか、という矛盾は未だ解決できていないですよね。

斎藤先生:そうですね、私はESGが正直嫌だなと...結局何が起こっているかというと、これまでの投資家たちが起こしてきた問題を棚に上げて、「これからはグリーンやサステナブルに関連しているものにしか投資しませんよ」と言っているわけですよね。社会のためと振舞っているように見えますが、ただ取り繕っているように感じます。
 もう一方で、「FIRE(ファイア)」といって株式投資などでまとまった資産を蓄え、早期退職する生き方を目指す人が増えています。利回りや配当で食べていけばいい、「早期退職」が社会のひとつの理想形になるのは非常に貧しい社会であり、不健全だと思うんですよね。

熊野:それが理想とは、たしかに不健全ですね。関係性が希薄化していますよね。人同士の関係性が弱いと自動的に「預金通帳と私」という関係ができてしまうと思います。それは豊かな社会といえないですよね。

斎藤先生:ただ、資本主義ってとても便利ですよね。1,000円払えば対価を払ったことになり、貸し借り無しという関係が成り立ち、感情や目に見えない、ある種煩わしい関係から解放されると捉えることもできます。それが、人々が地方から東京に集中している理由でもあるわけですが、今回のコロナ禍でまさに人と人のつながりがいかに脆弱であるかということを思い知らされましたよね。感染したら孤立させられ、面倒を見てくれる人も存在せず、最低限の買い物もままならない、飢え死に寸前みたいな状況に置かれる人もいたわけです。本来、このような共同性の役割を担保するのが近代国家なはずなんですが、それも機能していないというのが現状ですね。

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少し文脈は変わりますが、コロナ禍においてロックダウンをはじめ、人々やモノに移動制限がかかりました。これはグローバル資本主義への真っ向たる否定であり、社会が生きのびるために資本主義が短期的に死んだのだと思っています。自らの意志で「移動」するという権利は、資本主義にとって極めて本質的で、例えばかつて農奴は土地に結び付けられていたのが、資本主義社会になり、自由に移動ができるようになりましたよね。住みたい場所に住み、働きたい場所で働く、というのは資本主義の本質的な原則の一つです。移動を制限する、禁止するというのは、かなり重大なことなんです。
同時に、コロナで営業時間の短縮やアルコール提供の禁止など、人々のライフスタイルや価値観が変わるような出来事がいくつもあったと思います。これまで当たり前だと思っていた習慣が、自分にとって本当に必要なことだったのか、考えるきっかけになりましたが、コロナが収束した際に、大事な気付きまで忘れて元に戻ってしまうのではないかと危惧しています。私は、社会の危機をどのように乗り越えていくのか、どのような社会を目指していくのか、多くの人が考えて実行していく、その速度を速めていくべきだと思いますね。自分のことだけを考えるのは全くイノベーティブではない。

熊野:仰る通りですね。残念ながら今、自己実現や自分とその周辺の幸せだけを考えている人が増えていると感じます。もちろん自分の幸せを実現することは悪いことではありません。ただ、自分の中にどれだけ他者や社会を取り込み、さらには時代を取り込めているか、伸びやかで高い視座を持っているかということが重要です。冒頭の選挙の話のように、自分のことだけを考える人たちによる機能不全の民主主義ではなく、日々多くの命を喰らって生きている、無数の関係性の中で生かされている自分を自覚し、その関係性のために行動する人々による民主主義が求められると思います。
それでは一体、我々はどのような社会を目指したいのか、目指すべきなのか?後編では、気候危機を乗り越えるための理想社会について深堀していきたいと思います。

後編へ続く

対談者

斎藤 幸平 氏(東京大学准教授)
1987年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想、社会思想。Karl Marx's Ecosocialism(邦訳『大洪水の前に』堀之内出版)によって権威ある「ドイッチャー記念賞」を日本人初、歴代最年少で受賞。日本国内では、晩期マルクスをめぐる研究によって「日本学術振興会賞」受賞。45万部を超えるベストセラー『人新世の「資本論」』(集英社新書)で「新書大賞2021」および「アジア・ブックアワード2021年間最優秀図書賞」を受賞。

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