理想社会へのトランジション・ストラテジー(移行戦略)【後編】

気候変動、戦争、資源枯渇、孤独のまん延...我々の前に立ちはだかる数多の社会課題。これらを統合的に解決するためのこれからの資本主義、民主主義とは何か?
そしてその先にある理想の社会とは?
『人新世の「資本論」』のご著者で経済思想家の斎藤幸平先生と熊野が、理想社会へのトランジション・ストラテジー(移行戦略)について語り合いました。(対談日:2022年5月16日)<前編はこちら

気候危機を乗り越えるための理想社会とは

斎藤先生:私はこのあらゆる危機を乗り越えるには「脱成長コミュニズム」が必須と考えています。『人新世の「資本論」』でも書いていますが、脱成長コミュニズムには大きく分けて以下5つの要素があります。

1. 使用価値経済への転換

経済成長を目的とした資本主義のもとで生産されてきた商品は、売れればよい(質や環境への配慮は二の次、すぐに廃棄されても構わない)という構造である。それを「使用価値」つまり、GDPの増大ではなく人々の基本的ニーズを満たす有用性のある、危機に適応できる社会的な商品の生産へ転換すべきである。


2. 労働時間の短縮

使用価値を重視する経済へ転換できれば、金儲けのための労働ではなく意味ある労働に変わり、大幅に時間を短縮できる。


3. 画一的な分業の廃止

意味のある労働を実現するには、創造性や自律性に欠ける画一的な労働、資本主義の分業体制を廃止し、多種多様な労働に従事できる設計が求められる。


4. 生産過程の民主化

労働者が生産手段を決定し、共同管理を行うことで、社会全体の生産に影響を与える。例えば、新技術が特許に守られ一部の大企業だけが儲かる仕組みを禁止し、知識や情報を社会に開いていく。


5. エッセンシャル・ワークの重視

近年、労働のオートメーション化やAI化が進んでいる。しかし、ケアやコミュニケーションが求められる労働は、効率化やマニュアル化するにも限界がある。感情が重要な労働であり、内容は複雑で多岐にわたるため、自動化すべき領域ではない。

参考:『人新世の「資本論」』P300~314

資本主義のもとでは、いくらサステナブルな取り組み、例えば、再生可能エネルギーの規模拡大、植物バイオ由来の燃料生産などがあっても、これまでと同じ大量生産・大量消費という形が変わらなければ結局同じです。ある程度、規制をかけるなどして、スケールダウン、スローダウンを図っていく脱成長がやはり必要だと思います。それに向かうためには、人間が生きていくうえで必要な水や電気、医療、教育などの「コモン(公共財)」化を目指すべきです。

熊野:斎藤先生のいう「脱成長」は裏返せば「成熟社会」だと私は思います。例えば、お箸は主に「ご飯を食べる」という単機能の道具ですよね。韓国のお箸といえば銀色のステンレスのお箸が定番です。しかし、日本では普段使いのお箸、来客用のお箸、お正月用のお箸、うどん用のお箸など、4~5種類ほど持っている人が多いのではないでしょうか。それらを日常の中で、季節や行事、食べ物に合わせて大切に使う。なぜここまで種類が増えたのか。本来グローバル経済というのは、1種類のお箸を面的展開し、極端にいえば、日本の裏側の国まで売れるという考え方でした。しかし、様々な制約条件下のなかで、ひとつの物に文化性を持たせることで、数種類のお箸が結果的に生まれたんだと思います。この文化性というのは制約条件下の中での最高パフォーマンスなんじゃないかと。人口が増えない定常経済下の、濃縮していく市場における価値競争です。お金さえ出せばモノを買える時代ではなくなりつつある今、社会が求める満足度は経済成長より文化的・精神的な成熟に移行しているのではないかと私は考えています。

少々気になっていることがあるのですが、「脱成長」というと、特に産業界などから反論があるのではないかと思うのですが、その辺りいかがでしょうか?

IMG_4134.JPG

斎藤先生:たくさんありますよ笑。よくあるのが「イノベーションを停滞させるのか」という批判です。そうではなく、むしろ定常経済になったときに今以上にイノベーションを起こしていく必要があると思っています。ただし、いまのイノベーションは資本主義がベースにあるので生産や消費の拡大のためのものです。そうではなくて、定常型への移行や経済の減速に結びつくような別の種類のイノベーションが必要なんですよね。熊野さんのおっしゃった定常経済下での文化性、価値競争もそれにあたるのかもしれません。
私は、企業が自ら、脱成長を前提としたイノベーションを真剣に考えるべきだと思っています。まずは思考訓練の領域でもいいので。例えば、数多あるコンビニエンスストア、あれをもし半分にするとしたらどうなるのか?とかですね。量や規模の拡大成長だけを答えと思う思考を変えないといけない。

熊野:おもしろい事例があって、日本の江戸時代というのは、1603年に江戸幕府が成立し、そこから約100年は成長経済だったんですが、1700年からの約100年は、ほぼ人口が一定の、定常経済だったんです。けれど江戸の庶民は、華美を禁止されれば遠目には無地に見える小紋柄を考案し、ご飯を我慢しても浮世絵を買い、朝顔の品種改良や金魚や錦鯉の品種改良の技術を競い、心の満足を満たした。結果、文化拡張によってGDPは上がっているんです。ここに私はひとつ理想社会へのヒントがあるのではないかと思っています。

斎藤先生:まさに文化的イノベーションですね。おもしろいですね。

一人ひとりがシステムチェンジを担うひとりであるということ

斎藤先生:現在のウクライナで起きているような戦争が始まったときに、今の社会は現地の方々に想いを寄せる前に、自分が投資している株価が下がることを気にかけるような非常に貧しい社会になってしまっています。
コンペティション(競争)ではなくコクリエーション(共創)の共創型社会や関係性の増幅、脱成長コミュニズムなど、気候危機を乗り越えるためにはシステムチェンジしていかなくてはなりません。難しい問題だからこそ取り組まないと本当に未来はないと思っています。

熊野:仰る通り、一人ひとりが当事者になって今の社会に向き合わなければならないと思います。我々アミタグループは、自然に倣った、すべての生き物や物質が互いに影響し合い、変化し続けながら、全体として安定する状態を生み出すエコシステム社会を目指しています。また、この駆動力となるのは人々の「生活」です。

生活が変われば、商品が変わる。
商品が変われば、企業が変わる。
企業が変われば、産業が変わる。
産業が変われば、社会が変わる。
社会が変われば、価値が変わる。
価値が変われば、生活が変わる。

この「生活」の行動変容のきっかけをつくるために民間の力が必要です。いまアミタは、資源出しをきっかけにしたコミュニティ型の資源回収ステーション「MEGURU STATION®」を通して、人々の行動変容を促せないか、社会実証を行っています。現在、神戸市や奈良の生駒市、福岡の大刀洗町などで展開しているんですけどね。ごみってどんな暮らしのどんな立場の人でも、必ず出すじゃないですか。このすべての人に共有するアクセスポイントを、「資源循環」と「関係性の増幅」の同時獲得につながるようにデザインしたのが「MEGURU STATION®」です。
ここで大切なのは、ここに集まる動機性です。いつでもごみが出せる「便利」だけでなく、ここに持ち込めばごみがごみでなくなり資源として有効活用される、人と出会い社会とつながれるといったような「社会的動機性」が、どんどん高まっていくんです。どの現場でも、学校帰りの子どもたちが資源を持ち込むお年寄りに分別方法を教えたり宿題を見てもらったり、という光景が日常的に見られますよ。こうした地域との関わりの変化は、心身の健康にも作用します。

昨年実施した千葉大学との共同研究で、この「MEGURU STATION®」の利用者は非利用者に比べて、健康への意識や幸せを感じる割合が1~3割増加、また、要介護リスクの得点も低く、6年間の累積介護費用で約920万円の抑制に相当するという推定値がでました。私は、MEGURUはこうした健康や福祉の分野に留まらず、価値観の転換に大きく作用する可能性があると思っています。今後は全国に展開し、さらに集まった資源を循環させるインフラと、人と資源の動きの最適解を導くICTプラットフォームを構築し、理想社会に向けて積極的にイノベーションの種を撒いていきたいと思います。

斎藤先生:コミュニティの力、そこに住む方々が関係し合う力というのがやはり大事ですね。

熊野:そう、関係性こそが、最大の価値ですよ。アミタグループは今年45周年を迎えました。誰もまだ描き切れていない未来をこれから様々なパートナーや有識者の方々と何かの形でつくっていけないかと企んでいます。もしよかったらぜひ斎藤先生にもお力添えいただきたいです。

斎藤先生:45周年なんですね、おめでとうございます。はい、まだまだアミタさんのこと知らないことばかりですが笑、ぜひまた何かの形でご一緒できればと思います。

熊野:本日は遠慮なしに語り合うことができて楽しい時間でした。ありがとうございました。

IMG_4144.JPG

対談者

斎藤 幸平 氏(東京大学准教授)
1987年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想、社会思想。Karl Marx's Ecosocialism(邦訳『大洪水の前に』堀之内出版)によって権威ある「ドイッチャー記念賞」を日本人初、歴代最年少で受賞。日本国内では、晩期マルクスをめぐる研究によって「日本学術振興会賞」受賞。45万部を超えるベストセラー『人新世の「資本論」』(集英社新書)で「新書大賞2021」および「アジア・ブックアワード2021年間最優秀図書賞」を受賞。

参考図書

著書バナー5.png

shikou.png

アミタグループの関連書籍「AMITA Books


【代表 熊野の「道心の中に衣食あり】連載一覧

【代表 熊野の「道心の中に衣食あり」】に対するご意見・ご感想をお待ちしております。
下記フォームにて、皆様からのメッセージをお寄せください。
https://business.form-mailer.jp/fms/dddf219557820