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代表 熊野の啐啄同時「信頼の世紀―微力なれども無力ではない―」

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SDGsの普及に伴い、社会課題の解決を目指したビジネスに挑戦する企業や事業家に、注目が高まりつつあります。
今回の対談者は、若くしてその先駆者の1人である、垣内俊哉さん(株式会社ミライロ代表取締役社長)。

骨形成不全症という生まれ持った病との葛藤の末、従来の社会では「弱さ」と捉えられがちな障害を「価値」に変える『バリアバリュー』を提唱し、ユニバーサルデザインを軸としたビジネスを展開。国内外で活躍されています。

今回はそんな垣内さんに、既存の社会常識とは異なる「価値」を、ビジネスとしてどのように創り出してこられたのか、お伺いしました。

※骨形成不全症:骨がもろく弱いことから、骨折しやすく、骨の変形を来す先天性の病気

※本対談では株式会社ミライロの方針にならい、下記の理由で「障害者」と表記しています。
①「障がい者」と表記すると視覚障害者の方が利用するスクリーンリーダー(画面読み上げソフト)では「さわりがいしゃ」と読み上げられてしまう可能性がある。
②障害は「人」ではなく「社会」の側にある、という考えに基づく。


「バリア(障害)」を「バリュー(価値)」に変える

熊野:弊社は「この世に無駄なものはない」という信念のもと「資源循環」を軸とした事業で、持続可能社会の実現を目指しています。
「生産性」を追求してきた工業社会は、規格通りであること・良いものをよりよくすることを善とし、規格に合わないものを時に「障害」としてラベリングしてきました。

そんなふうに人や自然がコストになってしまった現代で、御社の理念「バリアバリュー(障害を価値に変える)」には非常に共感しています。改めてどのようなご事業をされているのか、お聞かせいただけますか?

mirairo10.JPG垣内さん:障害のある当事者の目線を活かした事業を行っています。具体的には、障害者を含む他者視点を学ぶ「ユニバーサルマナー検定」や研修、ユニバーサルデザインの調査・企画設計・制作といった実践サポートまでを、企業・自治体・教育機関等に対して行っています。

熊野:「障害を価値に変える」というお考えは、当初からお持ちだったのでしょうか?

垣内さん:自分自身の障害を前向きに捉えられるようになった経緯は、段階的です。特に10代の頃はずっと「歩けるようになりたい、標準になりたい」と思っていました。

印象に残っているのは中学3年生の修学旅行です。途中で離島に行くため、車椅子では危ないから「親の同伴がなければ行かせない」と言われました。「特別扱いされるのはもういやだ、障害を克服しよう」という想いが、確固たるものになった瞬間でした。高校に入りコミュニティが変わり、ますます特別視されるようになったことで、想いに拍車がかかり、1年目で高校を休学し、大阪で専門医の治療を受けることを決めました。

しかし周囲の理解は得られませんでした。父親も同じ病気なので当然理解してくれると思いましたが、そうではなかった。母親も先生も高校を卒業すべきだと言った。誰も賛同してくれなかった。今これだけ苦しんでいる、悩んでいる自分の「何がわかるんだ、お前たちに」という気持ちでした。何も変えられない状況。家庭にも教室にも居場所がない、逃げ出したい。そんな想いで1人で大阪に出ました。出て行く時、親不孝な言葉を投げかけたことを覚えています。病気を分かって産んでおきながら、克服したいという想いは理解してくれない。それなら「なんでこんな体で産んだんだ」と。

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手術を受け、リハビリを続けましたが、一向に良くなる兆しは見えず...高校2年生の夏、はじめて自殺を図りました。12度目は病棟の屋上から、3度目は橋の上から、飛び降りようと。

でも出来ませんでした。体が動かなかった。いつも最後の最後に、自分を超える何かが自分を踏みとどまらせた。

歩けもしなければ死ぬこともできない。そんな現状に絶望し、散々泣きました。しかし人の涙は2~3週間も持ちませんから、泣くだけ泣いた後、これからどうしていこうかと考え始めました。そして、まずは自分の足と体にとことん向き合おうと、1年近くリハビリを続けました。
結果、ダメでした。そこまでやったから、諦められたんだと思います。じゃあ、歩けなくてもできることを探していこうと。

まず大学に入り、学費を稼ぐために幾つかの会社のアルバイトに応募しました。1社だけ雇ってくれたのが、ホームページの制作会社。てっきり室内作業だと思っていると、営業で。与えられたからには、とやってみましたが、やっぱり大変。人が2030件訪問する間に、車椅子の僕は5~10件しか行けない。

ただもう、とことんリハビリをして、歩けないことはわかっていたので「この体でやるしかない」という覚悟は出来ていました。そして気がつけば、営業成績トップになっていたんです。
話術も知識もない、ただ「車椅子の垣内」ということで、お客様に覚えてもらえたんですね。その時、上司がくれた言葉に、夜、涙が止まりませんでした。「歩けないことに胸を張れ」「障害があることに誇りを持て、お前の強み、個性なんだ」と。僕の中で「歩けなくても出来ること」から「歩けないから出来ることがある」と、意識が変わった瞬間でした。この気付きを日本中に広げたい、そんな想いで20歳の時に大学の友人と起業しました。

mirairo02.JPG熊野:想いはあっても、市場はない、という状況だったかと思います。ビジネスとして形にするぞという原動力は、どこから湧いてきたんですか?

垣内さん:自殺未遂をしたのは、死にたかったわけじゃなく、これまでの自分の存在、人格、歩んできた轍...のようなものを一度消したかったのだと思います。でも、命がブレーキを踏んだ。それまでは「歩けるようになること、自分を標準化すること」が生きる目的だった。けれど、そこには意味がなかった。「じゃあ生きる意味ってなんだろう」ということを模索し始めた起業でした。なので、始めはビジネスと呼べるものではなく、23年は苦労しました。若い無鉄砲さがあったからこそ出来たんだと思います。

熊野:そうは言っても、起業されたわけですし、食べていかなければならない。

垣内さんはい。なので「どのような価値提供をするのか」を、きちんと考えるようになりました。

最も気を付けているのは「バリアバリュー」を理念として掲げている以上「障害を武器にはするな」という点です。これは社員にも自分にも言い聞かせています。僕たちは「障害があるとこんなに大変なんだ、だからこうしてくれ」と伝える人権運動がしたいわけじゃない。だからこそ「バリアフリーにすると御社にこういうメリットがありますよ、これだけ利益が上がりますよ、この町の価値がこれだけ上がりますよ」という根拠をしっかり伝えていかなければならないなと。社会性と経済性の両軸を維持すること。もちろん、すぐに数字は伴わなかったですが、このスタンスは当初から貫いてきました。そうして、飛び込み営業から始めてがむしゃらにやっていく中で、徐々に軌道に乗ってきた、という実感です。

熊野:助成金を受けることもできたのではないですか?

mirairo03.JPG垣内さん:実は僕たちの会社は、一度も受けていないんです。分野的には取りやすいし、お話も沢山いただくのですが、沢山ある分、もし取ってしまえば、書類作成なんかに手が取られてしまい、お客様に目がいかなくなってしまうので。

2013年、武道館で行われた「みんなの夢AWARD」というコンテストで優勝しました。当時は大手企業がスポンサーになっていて、8000人を前にプレゼンをして、投票で1位になれば2000万円の賞金が出る。その賞金を、僕たちの会社は辞退しているんです。2000万円の賞金をくれるなら、代わりに2000万円分の仕事をください、と。ここでポコッと貰ってしまえば、会社のリズムが崩れる気がして。目の前の楽を追うのではなく、長期的に考えて、これからのご縁・仕事・お金に繋ごうと。それに、当日は参加者の78割の投票をいただいたので、僕たちのビジネスはみんなの夢や希望に繋がっているんだという実感を得ることができて、それがまたビジネスの原動力になりました。

熊野:そんな経営者としての矜持に、社員の皆さんも惚れているんでしょうね?

垣内さん:惚れている...(笑)

(同席されている)広報の神保さん:うですね。私個人としては、営利企業として社会性と経済性を両立させていくという姿勢が、経営の軸として通っているところに共感しています。

熊野:あっぱれな会社ですね!


>>>次ページ「自己表現としてのビジネス―与えられた命を、いかに生きるか」


「啐啄同時」に対するご意見・ご感想をお待ちしております。
下記フォームにて、皆様からのメッセージをお寄せください。
https://business.form-mailer.jp/fms/dddf219557820


■2019年連載「信頼の世紀―微力なれども無力ではない―」

アミタホールディングス株式会社の代表取締役である熊野英介のメッセージを、動画やテキストで掲載しています。2019年度啐啄同時は「信頼の世紀―微力なれども無力ではない―」をテーマに、「誰一人取り残さない」持続可能な未来創造に取り組まれている方々との対談をお送りしてまいります。

これまでの「啐啄同時」一覧


■代表 熊野の書籍『思考するカンパニー』

2013年3月11日より、代表 熊野の思考と哲学を綴った『思考するカンパニー』(増補版)が、電子書籍で公開されています。ぜひ、ご覧ください。

※啐啄同時(そったくどうじ)とは

鳥の卵が孵化するときに、雛が内側から殻をつつくことを「啐(そつ)」といい、これに応じて、母鳥が外から殻をつついて助けることを「啄(たく)」という。雛と母鳥が力を合わせ、卵の殻を破り誕生となる。この共同作業を啐啄といい、転じて「機を得て両者が応じあうこと」、「逸してはならない好機」を意味するようになった。

このコラムの名称は、未来の子どもたちの尊厳を守るという意思を持って未来から現代に向けて私たちが「啐」をし、現代から未来に向けて志ある社会が「啄」をすることで、持続可能社会が実現される、ということを表現しています。