環境経済学の視点から、サーキュラーエコノミー実現の突破口を語る
まだ「環境問題」という言葉が日本に浸透していなかった1970年代から、工学的アプローチで数々の環境アセスメントのモデルを確立し、その後「環境経済学」の分野を拓いてきた石川雅紀氏。アミタホールディングス株式会社が参画する「神戸プラスチックネクスト~みんなでつなげよう。つめかえパックリサイクル~」ではプロジェクトの監修を務めるなど、容器包装の減量やリサイクルの先駆者としても活躍されています。
今回の大きなテーマは「サーキュラーエコノミー実現の突破口はどこにあるのか?」。研究者と事業家、道は違えど同じ時代を生き、「環境問題」というテーマに挑んできた石川氏と当社代表取締役会長の熊野英介が、経済・世界情勢・社会構造など多角的な視点から意見を交わしました。
(対談日:2025年3月27日)
目次
- 環境問題の黎明期、大阪万博で知った経済発展の裏側
- 企業活動の循環設計でキーとなるのは経済合理性か、EPR(拡大生産者責任)か?
- 「循環大国日本」への突破口は、コミュニティの質にあり。
- マージナルな都市・亀岡を舞台に、地域の可能性を探る。
- サーキュラーエコノミーと新しい民主主義社会の創造
環境問題の黎明期、大阪万博で知った経済発展の裏側
熊野:以前よりアミタのMEGURU STATION®※に興味を持ってくださり、ありがとうございます。石川先生とは「神戸プラスチックネクスト~みんなでつなげよう。つめかえパックリサイクル~」のプロジェクトでご一緒するなど、縁が続いていますよね。
先生がなぜ「環境問題」をテーマに研究活動を続けて来られたのか、まずは原点をお聞きしてもよいですか。
※MEGURU STATION®...アミタホールディングスが提供するサービスの一つ。地域課題の統合的な解決を目指して「互助共助を生むコミュニティ拠点」と「資源回収ステーション」の2つの機能を融合させた仕組み。
石川氏:一つに、生きてきた時代背景があるかもしれません。私は1953年生まれで、熊野さんは1956年生まれ。多感な時期を過ごした1960~70年代を思い返すと、動乱の時代だったと思います。まずは、公害の問題。当時は戦後の経済成長にともなう健康被害が大きな社会問題になっていて、1967年に水俣病で最初の訴訟が起こされてから、立て続けに四大公害の裁判が行われました。国内では自民党と社会党の対立が激しく、一方で国際的にはベトナム戦争が泥沼化していて......。
熊野:混乱する時代の真っ只中でしたよね。そんななか迎えたのが、1970年開催の大阪万博。カラーテレビが普及して、大々的に万博を広告している一方で、地元の瀬戸内海は汚染されているし、ベトナム戦争は続いているし、安保闘争からの内ゲバ※で若者は殺し合うし、もう「人類の進歩?調和?冗談じゃない」と思いましたよ。
※内ゲバ...「内部ゲバルト」の略。連合赤軍の事件など、主に学生運動の諸派間あるいは組織内での対立から起こる実力抗争。ゲバルトはドイツ語で暴力を意味する。
石川氏:その万博での体験が私の原点かもしれないです。当時は西宮市に住んでいたので、5時になると半額で入場できるとあって、阪急電車に乗って会場に通っていたんです。そこで、スカンジナビア館の「産業化社会における環境の保護」をテーマにした展示に出会いました。産業の進歩にともなって生まれるプラスの面、マイナスの面の両方を見比べられる内容でね。当時の日本で「環境」という表現はまだ珍しかった。
熊野:そうそう、その当時、ヨーロッパでは環境問題が重大事項として取り上げられていて、1972年には国連でストックホルム宣言(人間環境宣言)が採択されました。1971年に環境庁が発足したばかりの日本に比べて、ヨーロッパは明らかに環境への意識が進んでいますよね。
石川氏:プラスとマイナスの両方があったのは後に知ったことで、私が記憶しているのはマイナスの面だけ。酸性雨によって破壊されつくしたスカンジナビアの湖の風景が忘れられません。とはいえ、大学で環境アセスメントをテーマに研究することになったのは、偶然です。たまたま、環境レベルを測定するアルバイトを紹介されたのがきっかけで、環境アセスメントを扱っている化学工学の研究室に入ることに決めました。当時「環境」という名前がつく大学、学部、研究室はどこにもなく、ずいぶん珍しい分野だったので関西国際空港の環境アセスメントをテーマにした時も、水理模型実験、流れの数値シミュレーション、海洋性化学など必要なデータは世の中にありませんでした。研究室のメンバーでお互い助け合いながら一から観測や実験を進める中で、モデルの開発や実際のシミュレーションなど、学生ながらいろいろなコンサル会社の人とプロジェクトをともにしましたよ。
大学院を出て、東京水産大学に就職した後も実験と分析の日々でした。イカ釣り漁船のエネルギー効率化など、さまざまな実験・分析を行いながら工学的なアプローチでアセスメントモデルを作ってきたのですが、途中で「これは、工学の分野ではなく、合意形成の話だ」と気づいたんです。そこから「環境経済学」を院生と一緒に勉強し、研究しているうちにこの分野で教鞭を取るようになり、経済的な視点から環境問題の解決に取り組んでいます。2006年には、学生主体の団体「NPO法人ごみじゃぱん」を立ち上げて、産官学民の連携で無理せずごみが減らせる仕組み作りにチャレンジしています。これまでに、容器包装の少ない商品が一目でわかる目印をつける「減装(へらそう)ショッピング」など、さまざまな取り組みをしてきました。
企業活動の循環設計でキーとなるのは経済合理性か、EPR(拡大生産者責任)か?
熊野:石川先生は日本において、環境問題に対して一種のルールを作り始めた人ですよね。そして今、環境問題の解は「循環」にあると見ておられる。そんな石川先生に、今日はサーキュラーエコノミーの実現に対する見立てをお聞きしたいんです。
僕は、企業に経済的合理性を提示すれば、循環型の社会が実現できるのではないか、と思うのです。製造原価には直接原価(原料費)と、間接原価(廃棄物処理費)がありますが、自社製品のマテリアルを回収・加工して再利用する場合、間接原価が原料費へと変わります。
マテリアルの回収・加工コストは市場に連動しないため、今後、資源が枯渇して原料のコストが高くなった時、自社の活動内で原料を調達できるのは大きなメリットです。原料費と廃棄物処理費の合計よりも、回収・加工コストが安くなれば企業はそちらを選ぶでしょう。
石川氏:そうなれば当然、何も考えていない企業でもそちらを選びますよね。ただ、私はそれほど楽観的ではなくて。自分が作った製品はできる限り自分で責任を取る、究極のEPR(拡大生産者責任)が不可欠だと思っています。
例えば、プラスチックのリサイクルを例に挙げます。2050年までに温室効果ガス(GHG)排出量を実質的にゼロ化する「ネットゼロ」を目指すには、CO2の排出にかかるカーボンプライスは必ず引き上げられる。製造コストが高くなるため、これまで安さが売りだったプラスチック製品は減少し、使用済みプラスチックの徹底したリサイクルが間違いなく進むでしょう。廃プラスチックを燃やして熱エネルギーを回収するサーマルリサイクルも、CO2を排出するため、ネットゼロ社会では避けられるようになります。
こうした流れのなかで、企業が自社の製品を資源として回収しようとした時、余計なものが入っていてはリサイクルが難しい。企業はどのように資源を調達するか、自分ごととして真剣に環境配慮設計を考えるでしょう。これが、サーキュラーエコノミーの肝になると思うのです。
NPO法人ごみじゃぱんが事務局を務め、アミタもアドバイザーとして参画している「神戸プラスチックネクスト~みんなでつなげよう。つめかえパックリサイクル~」は、まさにその好事例です。現在も日用品メーカー10社が参加して、シャンプーやリンスの詰め替えパックの水平リサイクル※に取り組んでいますが、水平リサイクルは回収コストもさることながら、リサイクルで生まれたフィルムは物性が劣るため、静脈産業※は決して選ばない手段です。これは、動脈産業※である各メーカーが「自社の回収物から自社製品を作る」と覚悟を決めたからこそできたことです。
※水平リサイクル...使用済みの製品を原料として、同じ製品を再び作るリサイクル方法。
※静脈産業...製品が廃棄物や資源として回収された後、それをリサイクル、再利用、再資源化、または適正処分する産業のこと。
※動脈産業...資源を加工して製品を生産・流通・販売する産業のこと。
「循環大国日本」への突破口は、コミュニティの質にあり
熊野:いずれの方法にせよ、企業の自己再生モデルのメカニズムが完成して、そこで価格競争と共に価値競争が生まれた時、日本は経済大国ならぬ「循環大国」になるはずです。その実現には、何が一番の障壁になると思いますか。
石川氏:やはり「国際貿易」でしょう。天然資源を海外から輸入して使う、いわゆるリニアエコノミーの方が安ければ、どうしてもそちらに依存してしまう。そうなると、輸入品に関税でもかけるしかない。
熊野:トランプ2.0の関税政策の影響で、これまで多国間協定によって世界標準規格を決めていた「グローバル市場」は、二国間による相対的な「交渉市場」へと、経済観を大きく変化させています。僕はお金さえ出せば資源調達ができるグローバルサプライチェーンは、今後成立しなくなると踏んでいるんです。
新しい「ブロック経済」下で、これまでと同じ手法で各国が経済成長を目指せば、それこそ第二次世界大戦のように資源の奪い合いになりますよ。「循環」という因果論を回しながら、自己調整能力を持った社会の仕組みは、どうすれば作れるのでしょうか。
石川氏:その答えを探して、もがいている時に熊野さんと出会い、MEGURU STATION®を見て「あっ!これだ」と思ったんですよ。あれは経済の話だけでなく、コミュニティの創生に関わるものなので圧倒的に価値が違う。
少し離れたところから説明します。リニアエコノミーにおける資源は「天然資源」ですが、サーキュラーエコノミーにおける資源は「ごみ」ですよね。一部のエリアに高濃度で分布している天然資源と違って、ごみは人が住んでいる広大なエリアから集めなければいけない。実際に日本国内で分布図を作って計算したところ、日本から出るごみを5割集めるには、国土全体のうち10〜20%の範囲で回収すればいい。要するに大都市圏だけで事足りるんですが、これが8割集めたいとなると50%、全部集めたいとなると、日本全国で回収するという、壮大な話になってしまう。
でも最近、当たり前のことにふと気づいたんです。「どちらにせよ、ごみは全部集めてるよな」って。行政が「ごみ処理のための収集」ではなく、「資源回収のための収集」に意識を変えて、集めた資源の使い方は、先ほど議論したように企業が考えればいいんです。
そして、全国から資源を回収するためにはMEGURU STATION®のように、資源回収を軸に地域のコミュ二ティを育む視点が、とても重要になる。
熊野:ありがとうございます。どんなに正義感の強い人でも、「関心の差」はできてしまうものです。例えば、アフリカの子どもたちが大変な状況にあるという情報は知っていても、泣いている近所の子どもがいたら、関心があるのは圧倒的に後者。人間ってそんなものです。だからこそ、コミュニティの質を上げるには、一人ひとりの関心領域を広げる必要があります。その関心領域の増幅機能としてMEGURU STATION®は活用できると確信しています。
また、人間は社会的なつながりを大切にする生き物です。勝手なことをすれば人間関係は悪くなり、孤独になってしまう。質の高いコミュニティ内で社会的にも環境的にもよいものを提供すれば、孤独を避ける人間の本能が働いて、ごみの出し方や、買う物の選び方など、生活の行動が変わっていくはず。 こうした地域コミュニティがネットワーク的に繋がっている社会構造を作れたら、日本を循環大国にすることも、夢ではないかもしれません。
石川氏:その未来は、あり得ると思います。仕掛けによって、コミュニティがアクティベートされる例は、特任教授を務めている叡啓大学でもよく見かけます。例えば、授業でボランティアやインターンシップを経験した学生に、そこでの体験を後輩に共有する場を設けると「なんで今まで話さなかったの?」と不思議になるくらい盛り上がるんです。MEGURU STATION®にあと一歩仕掛けを作れば、キーパーソンを中心に一気に行動が変化していくと思いますよ。
熊野:また、関心領域を地域コミュニティまで広げるためには、「循環(サーキュラー)」と「包摂性(インクルージョン)」という2つの視点が鍵になると考えています。
循環は、資源や情報、価値が一方通行で消費されるのではなく、継続的にめぐる円環の構造ですね。一方、包摂性は多様な価値観やニーズを尊重しながら、それぞれに適した参加や貢献のあり方の設計を指し、単一の正解ではなく、状況に応じた「最適解」を導くフレームワークともいえます。
コミュニティのような限られた範囲の中で、この「循環の円環構造」と「状況に応じた最適設計」という異なる動きが相互に作用し始めると、変化には一定のパターンが生まれ、らせん状の成長や進化の構造が見えてくると考えています。これは、例えば春が過ぎれば夏が来て、秋冬を経てまた春が来る、でもその春は前の春とは違うという季節の移り変わりのように、次の展開をある程度予測しやすい状態になることを意味します。
さらに、生成AIなどの技術を活用することで、具体的に循環と包摂がどのように作用し合っているかをより深く理解できるようになります。循環と包摂の両方に共通するのは「未来や他者のためのアクション」という点であり、この関係性や構造の見える化が進むことで、人間が本来的に持つ利他的な行動動機を自然に引き出す環境が整っていくと想定しています。
日本人はもともとらせん状の経済と相性がいいと思うんですよね。例えば、お箸をたくさん売ろうと思って同じお箸を4倍作ろうと思ったら工場を4倍に拡大しなければならないし、そんなに同じお箸を何本も買う人もいないですよね。でも、お正月用、麺類用、お弁当用、喪の黒箸など、4種類のお箸を作って売るようにすれば、今の設備のまま加工や塗りを変えるだけですむし、めったに使わないものだけど日本人の文化として贈答市場も含めてニーズはある。
日本人は本来、こうした文化競争、価値競争を長くしてきたはずです。近代の工業社会においては、大量生産・大量消費の拡大再生産で経済発展してきましたが、これからは、日本のお家芸ともいえるこの文化競争、価値競争に立ち戻るべきです。そしてその際、ブロックチェーンや生成AIなどの技術を駆使して、何がいつどれだけ必要になるか、という需要予測と、なにがいつどこでどれだけ発生するか、という原料予想と、それらをどうマッチングするか、という調達生産の最適設計をもって、価値を創出する経済モデルが重要になります。
これはまさに循環と包摂の仕組みそのものです。これが実現すれば、経済がらせん状にミルフィーユのように積み重なって発展していく、新たな社会システムができると思うんですよ。僕はそれを拡張再生産と呼んでいます。拡張再生産が産業化すれば、社会は持続可能になるんじゃないかなと。
石川氏:なるほど、循環と包摂とらせん設計。おもしろいですね。私はあちこちでMEGURU STATION®の話をするんですが、そういう設計があるのは初めて知りました。
マージナルな都市・亀岡を舞台に、地域の可能性を探る
熊野:実はつい先日、サーキュラーエコノミーを実装した持続可能なまちへの移行を目指して、亀岡市で「かめおか未来・エコロジックミュージアム事業連携協定」を締結したんです。今後、事業の一環として亀岡市全域にMEGURU STATION®の設置を進め、資源を回収する予定ですが、僕はここで、大阪と京都の衛星都市である亀岡市の人口、約8万6,000人に注目しています。人口の分母が大きすぎると、住民同士の関係性を詰めることはなかなか難しいですからね。
亀岡市ではMEGURU STATION®のチェックイン機能で、集めた資源の量と質、滞在人数と時間をデータ化し、製品の供給予測・需要予測を企業に提供するビジネスモデルを構想しています。僕の予想では、2030年頃には量子コンピューターの商業化が始まる。そこに合わせて、資源の内需化に向けた新しい循環型社会の情報プラットフォームを構築していきたい。これから、研究者の方をどんどん巻き込んで、挑戦していく予定です。
石川氏:おもしろい! 私もめちゃくちゃ興味があります。拠点回収は高度なリサイクルを実現するうえで重要な手段ですが、経済的にも持続可能な形の拠点回収を実現するためには、回収資源の市場価値だけでは難しい。そこで、コ・ベネフィットを実証しているMEGURU STATION®は、高度な循環を実現するキーになると思います。また、デジタルテクノロジー、AI技術の進歩によってこれまでできなかったことが容易にできるようになっています。リアルな「ものの循環」とこれまで存在していたけれども観測、分析が難しかった生活者の消費と排出の情報の利用や、拠点におけるほかの手段では実現できないコミュニケーション機会の創出は、それ自体の非経済的な価値が高いだけでなく、デジタル技術・AI技術の進歩と組み合わせると、経済的な価値の実現も期待できます。叡啓大学は実社会の問題を素材として社会課題解決に挑戦する人を育てることを目指していますから、何か、具体的に連携してできることがあるかもしれません。
熊野:亀岡市ではもう一つ、過ごすことの楽しさより、生きる意味を考えるミュージアムの創設を構想しています。このミュージアムは、デンマーク発祥のフォルケホイスコーレ※の日本版にしたいんです。つまり、学び直しの場です。
※フォルケホイスコーレ...デンマーク発祥の、一般向けの成人教育機関。
石川氏:最近注目されているリスキリングですね。
熊野:フォルケホイスコーレは全寮制で、生徒は数カ月にわたって滞在し、先生と寝食をともにするそうです。亀岡市でも10ヶ月を1つのタームにして、前半はリベラルアーツを、後半はガストロノミー※や循環社会に向けたタウンマネジメント、DXなどを実践的に学ぶカリキュラムを想定しています。亀岡市は、2023年に有機農業の推進に向けた「オーガニックビレッジ宣言」を出していますから、そのノウハウでオーガニック農法を学び、生産原価だけではない価値を売る農業にもチャレンジできます。タウンマネジメントはMEGURU STATION®がいい学びの場になるでしょう。
※ガストロノミー...食事と文化の関係を考察すること。
石川氏:おもしろいなあ、熊野さんらしいビジネスモデルだなと感じました。ワクワクしますね。叡啓大学のコンセプトとも重なる部分が多ので、ぜひ学生たちにも体験してほしいです。
サーキュラーエコノミーと新しい民主主義社会の創造
熊野:亀岡市では、このような活動を通して、新しい社会のあり方を提示したい。
というのも、僕は今、国家の力が弱まっているように感じるんです。アフガン戦争でアメリカが戦っていたのはタリバン政権とアルカイダ、今イスラエルが戦争しているのはパレスチナではなくハマスやヒズボラ、フーシ派......という風に、「国家」対「組織」の構図になっている。これまでの戦争の常識が変わっているわけですよね。1936年~1939年のスペイン内乱では、義勇兵が約6万人集まりましたが、今ウクライナの義勇軍は約2万人。スペイン内乱時の世界人口から換算すると、20万人ぐらい従軍してもおかしくないんですよ。これは、共同体ネットワークが国際的な影響を及ぼす時代にシフトしてきている証拠ではないでしょうか。
国家のイズムが解けて、人間の価値観がリアリズム、つまり自分が暮らしている地域に向いた時、そこには強固な共同体が生まれるはずです。
例えば現在は、会社のお給料から税金を納めて、福利厚生は国家から受け取るのが一般的ですが、地域コミュニティが発展すれば、自分たちに必要なセーフティーネットをそれぞれの地域で作ることだってできる。そういう変化が、新しい近代を作っていくと思うんですよ。それを僕は、法人格を持った民主主義と呼んでいます。
石川氏:熊野さんは、共同体がネットワークを形成する新しい国家像を望んでいるのでしょうね。実現可能性は別として、私も夢として同感します。似たアイディアでは、コーポラティズムがありますよね。あれは要するに、出資者と利用者が同じなのだから、企業としての利潤はゼロでもいいんだと。私はスイスに半年間滞在して、国立研究所に務めて生活していたことがあり、スイスの民主主義のことを思い出しました。スイスの民主主義は連邦政府、州政府、市町村、コミュニティで構成されています。特定の問題をどのレベルで決めるべきかを判断するときに、まず、コミュニティで決めることができる問題はコミュニティで決める、コミュニティで決めることができない問題は市町村で決める、市町村でもできない場合は州政府、州政府でもできない問題は仕方がないので連邦政府レベルで決める。この考え方がスイスでの「当たり前」です。ヨーロッパ諸国、アメリカ合衆国もこの考え方が有力です。日本は西欧民主主義に分類されていますが、全く逆の考え方が「当たり前」になっているのではないかと思います。
熊野:新しい市民、新しい形での民主主義の復活。それがやりたいんですよ!......最後に僕の夢を熱く語らせていただきました。石川先生の夢もお聞きしたいです。
石川氏:私は目の前の問題を解いているのが楽しい、どちらかというとリアリズムの人間ですが、今の大きな課題は気候変動です。最近は生物多様性も関心を集めていますが、気候変動の解決なしに、生物多様性の解決はあり得ない。そして、これまでの経験から気候変動の解決にサーキュラーエコノミーへの移行は必須であり、その分野での貢献が私自身の使命であると考えるようになりました。
そのためにも、MEGURU STATION®についての研究は続けたいですね。ステーション内で起こることに理論立てた仮説は意味がなくて、何が出てくるか分からない。けれども、仕掛けを作り続ければきっと社会は変わっていくと感じるんです。おそらくこれを学問体系にするのは難しいので、研究するのは私のような年齢の役割だろうと感じます。
熊野:ぜひ、論文を書いて指針を示してください。
石川氏:また、叡啓大学が掲げる教育ビジョン「深耕と協創のスパイラル」は、亀岡市でのプロジェクトと親和性が高いかもしれません。
叡啓大学の教育には二つのスパイラルがあります。まず、学生のスパイラル。学生はリベラルアーツで知識を学んだ後、PBL※演習で企業や自治体、NPOから出された課題解決に実践的に取り組みます。もう一つは、課題を出す側のスパイラルです。1年以上前から準備をする中で、課題や解決への思考が深まっていく。学生と企業、双方が絡み合いながらレベルアップしていく、ダブルスパイラル型の教育モデルなんです。今後、協働できればおもしろいですね。やってみたら、何か結果が出てくるはず。
※PBL(Project Based Learning)...生徒が自ら問題を見つけ、さらにその問題を自ら解決する能力を身に付ける学習方法のこと。
熊野:石川先生は、始めから回答があるものではなく、混沌とした状況の中からある種の法則を見つけ出すことが得意ですよね。今日は「やってみたら何かが出てくる」を締めの言葉にさせてもらいます。
石川氏:なんだか無責任な表現ですみません(笑)。ありがとうございました。
対談者
石川雅紀(いしかわ まさのぶ)氏
叡啓大学 副学長・ソーシャルシステムデザイン学部長・特任教授
1953年兵庫県生まれ。1978年東京大学工学部化学工学科卒業、工学博士。東京水産大学(現在の東京海洋大学)で助手・助教授として食品工学(容器包装リサイクル)を研究。その後、2003年に神戸大学大学院経済学研究科で教授に就任、環境経済学を研究。2006年、学生を中心としたNPO法人ごみじゃぱんを創立し、容器包装が自然に減る社会システムのデザインに取り組む。2019年に退職し、現在は神戸大学の名誉教授、叡啓大学の副学長・ソーシャルシステムデザイン学部長・特任教授を兼任。消費者庁の食品ロス削減推進会議のほか、環境省、農水省などの審議会委員を歴任。研究テーマは循環経済学、自主的アプローチ、環境政策における参加型アプローチ、EPR(拡大生産者責任)など。
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