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「故郷(ふるさと)は風化するのか?―震災から8年の今"地域"と"豊かさ"を考える」②

故郷(ふるさと)の豊かさとは

熊野:今、お二人が考える故郷(ふるさと)の"豊かさ"とは何でしょうか?

相馬さん:2011年に誰もが思ったのではないでしょうか。これまで経済性や貨幣やエネルギーを追求してきたけれど、本当にそれでいいの、と。

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日本の怖さは、お金のエネルギーの強さだと思います。お金の力に流されて、原発の恐ろしさですら"その場"にいないと皆忘れてしまいます。この地域には今も、手付かずになった山があり、バリケードがあり、人のいない家があります。私たちはそういう景色を日常的に目にするので、いつでも原点回帰できます。でも、都市での暮らしが当たり前になっていたり、グローバルな側面ばかりを見ていると「なんでそんな危ない場所に住むの」といった疑問が平然と生まれてしまう。お金や便利さを基準とした社会に飲まれていってしまう。でも、震災があった時、自分たちをまず救ってくれたのは自然でした。食べ物や仕事といった、生きるための環境を自然が与えてくれました。

(写真:除染廃棄物が詰め込まれたフレコンバックが並ぶ風景

高橋さん:誰も住まなくなって、人がいなくなってしまったら「ふるさと」も無くなってしまう。でも自分が住んでさえいれば「ふるさと」は続いていく。この地域にいると、自分ひとりの存在が社会であることを感じます。一人ひとりの存在から、社会は始まるのだと。そのことに、もっと自意識、プライドを持たないとだめだと思います。

私たちのような商業者は、従業員がいなければ何もできないから、人というものを大事にします。一人ひとりが社会的存在、インフラだと思えば、つながることができるのではないでしょうか。被災直後は実際に、そういう形で「地域」というものが存続していました。

熊野:「生きる」ということを主軸に置いた社会では、効率ではなく関係性が大切になります。

関係性は、言い換えれば社会的安心です。「この人と仕事すればホッとする」と思えること。そんな関係性の中で濃厚な時間を過ごすことが、新しい"豊かさ"になりつつあるのではないでしょうか。だからこそ今、ローカル経済が大事なのだと思います。

高橋さん:この地域には、震災以降"米に触ることができなくなった"人たちが少なくありません。原発の問題もあるし、一旦途絶えてしまったことが再び動き出すには、すごいエネルギーが必要です。何より、きっかけが要ります。

小高区の大富という地域に、コミュニティの再生を目指して開かれているサロンがあります。そのサロンを中心に今、陸稲(おかぼ=畑で栽培する稲)づくりが始まっています。

陸稲づくりのきっかけは、サロンを訪れる人たちに「昔の生活や食の話を聞かせて」と声掛けを行ったことでした。鉄則は「あれをしたらいいんじゃない」と、あれこれ言わないこと。ただ話を聞くだけ。ここの人たちは元々、自分たちの家の前で野菜や米を育てていたような人ばかり。だから、ただ「話を聞く」だけで、動き出すきっかけになるんです。

そうして訪ねているうちに、集まっている人達が勝手に動き始めた。みんなで育てて、稲刈りをして、脱穀をして、陸稲のもち米をつくりました。脱穀のチームプレーって、すごいんですよ。運ぶ人、作業する人といった役割に自然に分かれて、めいめいに動き出す。冬には、そのもち米で餅つきや焼き餅をして皆で食べました。そうしているうちに「次何やっぺ」という気持ちになる。地域再生ってこうやって始まるんだなあ、と肌身で感じました。仲間で稲刈りをしていると、デイケアの送迎バスからお年寄りが2〜3人降りてきて、一緒に稲刈りをしていった、なんて出来事もありました。

脱穀をした時には、皆で汗をかいて「すっごい気持ちいい!」という言葉が出たんです。これだ、と思いました。この感覚が、人が動き出すためには何より大事だと思います。

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熊野:生産性・経済性がないと動かない、というのが地域再生の常識になってしまっているように思います。

「分かち合う」という行為の生産性は低い。しかし「分かち合う」という行為は「社会性」そのものです。この「社会性」がなければ、経済には意味がありません。

経済行動には「つとめ(贈与経済)・くらし(自給経済)・かせぎ(貨幣経済)」の3種類があります。近代は「つとめ」がなくても「かせぎ」があれば生きていける社会です。一方で「分かち合う」という行為は「つとめ」の領域です。「つとめ」を果たすことで周囲との関係性が育まれ「くらし」やすくなる、という実感があることが大事なのではないでしょうか。このような実感を、南相馬の方々は既にお持ちのように思います。

相馬さん:お金も含めて、人工物だけで成り立っている社会は、どこかで破綻します。自然は、都市にはないものです。そして、人間がつくることができないものです。そういった豊かさを前提とした社会を、目指さなくてはいけないと思います。

熊野:近代がもたらした工業社会は「安定こそが安心である」という価値観を前提としています。しかしこれからの日本は、高齢化がもっと進みます。2036年には3人に1人が65歳以上になると言われています。従来の安定志向の社会を維持するのは難しい。

均質で不純物がないものを是とする近代では、時に自然は"汚い"もの、"危険"なもの、として取り扱われます。また子どもやお年寄りといった「ナチュラル(自然)」に近い人々は"弱い"存在だとみなされます。これは工業社会的な価値観です。

自然は不純があり、不均衡で、不完全で、不安定なものです。私たち人間も然りです。そのことを認める社会になった時、たとえば健常者/障がい者という区別には大きな意味をなさなくなるように思います。そして地域は、都会に比べて"弱い"のではなく「ナチュラル(自然)」なのではないでしょうか。

自然界は絶えず変化しつつ全体として調和している。これからは関係性に重きを置いた「不安定だけど安心できる」社会を目指すことが、豊かさを得る方法だと思います。そのポテンシャルは、都市よりもむしろ地域にある。


>>>次ページ「故郷(ふるさと)の未来とは?」


「啐啄同時」に対するご意見・ご感想をお待ちしております。
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■2019年連載「信頼の世紀―微力なれども無力ではない―」

アミタホールディングス株式会社の代表取締役である熊野英介のメッセージを、動画やテキストで掲載しています。2019年度啐啄同時は「信頼の世紀―微力なれども無力ではない―」をテーマに、「誰一人取り残さない」持続可能な未来創造に取り組まれている方々との対談をお送りしてまいります。

これまでの「啐啄同時」一覧


■代表 熊野の書籍『思考するカンパニー』

2013年3月11日より、代表 熊野の思考と哲学を綴った『思考するカンパニー』(増補版)が、電子書籍で公開されています。ぜひ、ご覧ください。

※啐啄同時(そったくどうじ)とは

鳥の卵が孵化するときに、雛が内側から殻をつつくことを「啐(そつ)」といい、これに応じて、母鳥が外から殻をつついて助けることを「啄(たく)」という。雛と母鳥が力を合わせ、卵の殻を破り誕生となる。この共同作業を啐啄といい、転じて「機を得て両者が応じあうこと」、「逸してはならない好機」を意味するようになった。

このコラムの名称は、未来の子どもたちの尊厳を守るという意思を持って未来から現代に向けて私たちが「啐」をし、現代から未来に向けて志ある社会が「啄」をすることで、持続可能社会が実現される、ということを表現しています。